主人公の成瀬将虎は、自称「なんでもやってやろう屋」。ガードマンやパソコン教室の講師などをしながら暮らしている。かつては、探偵事務所に勤務していたこともあった。
そんなある日、彼は出身高校の後輩であるキヨシから、とある相談を持ちかけられる。
キヨシは密かに「愛ちゃん」という女性に想いを寄せているのだが、その「愛ちゃん」の身内が突然亡くなった。
原因は交通事故だったのだが、どうも意図的に仕組まれた殺人なのではないかと、「愛ちゃん」は疑っているのだという。
キヨシは悩む「愛ちゃん」を助けるために、元探偵である将虎に、事件の真相を探ってくれと頼むのだが…。
以下、ネタバレに繋がる記述も、あるかもしれないので、ご注意ください。
ミステリ好きの間では有名なタイトルの、この作品。
「騙された」との声多数であり、私も期待して読んでみましたが、実際、騙されました。
どんなオチが仕掛けられているのだろうと、構えて読んでいたので、文中色々と気になる点はあったのですが……なるほどねぇ、と後から見直すと、感心しきり。
大体、冒頭の唐突な濡れ場描写からして、意味があったわけですよ。
あそこで読者の思い込みが構築されたのだ……。
まあ、細かな齟齬を探したがるような人以外なら、十分に楽しめる作品です。
60年代の西ドイツ。ペーター・ミラーという記者が、一冊の日記を手に入れたことから、物語は始まる。
その日記の作者は、年老いたユダヤ人であり、日記にはナチスから受けた虐待が、細かく記されていた。
最初のうちは興味本位で読んでいたミラーだったが、やがて、その日記の中に、彼にとって重大な事実が書かれていることに気がついて……。
ジャッカルの日が面白かったので、また読んでみました、フォーサイス。
オデッサは、ナチス親衛隊(SS)の救済を目的とした組織である。
で、オデッサ・ファイルというのは、そのSSのメンバーの個人情報が記された文書のことで、戦後、匿名で暮らしている元SSにとっては、非常に恐ろしい代物なのである。
タイトルに冠されている割に、オデッサ・ファイルは中々、ストーリーに出てこないのだが、終盤近くなって、ようやくその存在が明らかになり、読者としては、なんとなくニヤリとしたくなる。
ざまあみろ、SSのクソ野郎どもが!!
と毒づきたくなる。
しかしまあ、この本読んでると、本当に世の中納得のいかないことが多いよなと、思います。
収容所に送られながらも生き延びたユダヤ人が、貧困の中で死んでいく一方、SSの幹部はちゃっかり会社の社長になってたりするんだから、嫌になる。
恥知らずが。
でも、そんなユダヤ人がイスラエルという国を作って、また争いを繰り返し、血を流している。
散々踏みにじられた屈辱や痛みを知っていても、今のイスラエルは、自国にとって暴力はどうしても必要なことだと言うんでしょうな……。
閑話休題。
一見固そうな話にも見えるが、しっかりエンターテインメントしていて、さすがに面白い。
内容は主人公の復讐譚であり、徐々に敵に近づいていくところは、わくわくする。
しかし、運が味方しすぎという気もする。
結末は、「はぁ~そうですか」
別に後味が悪いわけではないが。
悪は栄えず……とも、滅びもしないんですかねぇ。
1930年代、不況のアメリカに暮らす、とある一家を描いた戯曲。
三人家族である彼らは、それぞれが、現実的な幸せから、自分がはみだしていると感じている。
夫に捨てられた母親のアマンダは、華やかだった若い頃のことを懐かしがり、娘のローラはひどく内気で人付き合いができず、自分の世界に閉じこもっている。
そして息子のトムは、仕事中に密かに詩を書いているような文学青年で、口うるさい母親や、つまらない倉庫の仕事など、自らの環境の全てにうんざりしている。
劇は、その息子の語りによって進行していく。
「ガラスの動物園」というタイトルが、まず印象的である。
どこかむなしくはかない響きでもあり、また例えようもなく美しいものにも思える。
追憶の物語である、この作品によく合っている。
この本は、正直、読むのが辛かった。
ローラとトムの気持ちが、嫌になるほど理解できたからである。
「これは私のことを書いている」
という、読書感想でよく目にするフレーズが、思わず私の頭を過ぎった。
普通の人々が、普通に手にしている幸せが、どうしても手に入らない。
そして、それを自分が本当に欲しいのかもよく分からないまま、日々、焦りは募る。
夢はあるけれど、それが実現するあてもなく、家族からはせっつかれて、あげく誰にも私の気持ちは分からない!と不満だらけ……。
私の悩みが、そのままローラとトムに投影されているようだった。
終盤、物語は苦い展開をし、やがて印象的な結末を迎える。
最後のトムの独白が、胸を打つ。
苦しみは永遠に抱き続けなければならないということか。
しかし、テネシー・ウィリアムズは物語を美しく終わらせてくれた。
読んでいる間は苦しかったが、読了後、私は、この登場人物たちの心境に寄り添えたことを、嬉しく思えた。
満賀道雄は、漫画を描くことが大好きな小学生。
戦争が終わり転校した先で、彼は同じく漫画好きなクラスメートの才野茂と出会う。
漫画を描くことへの情熱を燃やす二人は、互いに切磋琢磨しながら、固い友情を育んでいく…。
藤子不二雄Aの自伝的作品である。
主人公の満賀道雄がA先生、才野茂がF先生、ということになる。
満賀道雄って、すごい名前。相方に才野茂って名づけるのも、すごいが…。
しかし、昔の漫画の名前のつけ方って単純だなー。
作中で出てくる、満賀と才野の合作作品、宇宙飛行士を目指す少年の名前が、「ロケットくん」だもの。
それはさておき、この作品、噂にたがわず名作である。
良質の青春漫画(変換しようとすると満賀と出る…)であり、かつギャグ漫画としても質が高い。
シュールというか、不条理っつーか。
(作者のA先生が)笑わせようとしてるのか、それともごく真面目なつもりなのか、読んでる方としては、判断が難しい場面が多々出てくる。
最初期のあすなろ編でよく使われた、やたらに陰影のコントラストの強いコマ。
満賀の、銭湯のペンキ絵趣味。
夜中にシュークリームを食べながらコリアーズを見る満賀。(このときの満賀の顔が最高)
などの妙なエピソードは、読めば必ず忘れられなくなる。
とあるブログで、才野はタカトシのトシに似ている、と書かれていたが、まったくその通りで、本当に似ている……。
藤子・F・不二雄のSF短編集。
もの凄い分厚さの愛蔵版の第一巻である。
読んでいると、段々疲れてくるが、それでもページを繰る手が止まらない。
以下、印象に残った作品。
<ノスタル爺>
太吉は戦後三十年間ジャングルに一人取り残される。
やがて発見され、帰還した彼を待っていたのは、ダム建設のために水没した故郷の村と、妻の墓だった。
気のちがった爺さんの、「抱けーっ!」という台詞が忘れられない話。
主人公の選んだ生き方は、美しいようでもあるが、「抱け」と叫んだ爺さんの心情を思うと、彼にとって運命はあまりに残酷である。
いつか、閉じられた時の流れが変化することがあるのだろうか?
<ヒョンヒョロ>
ある日、小さな男の子マーちゃんの前に、円盤に乗った大きなうさぎちゃんが現れる。
うさぎちゃんは、「ヒョンヒョロ」なる物をよこさないと誘拐する、という手紙をマーちゃんに渡す。
しかし、マーちゃんの両親や警察もその手紙を真剣に読んでくれないのであった…。
うさぎちゃんは可愛い。しかし、どことなく……。
F先生の絵柄だからこそ生まれる、終盤の一コマの破壊力がすごい作品。
<ミノタウロスの皿>
乗っていた宇宙船が故障し、主人公(21エモンそっくり)は命からがら、見知らぬ星へと降り立つ。
そこで彼は、ミノアという地球人と同じような姿をした少女に助けられる。
ミノアは美しく、優しかったが、食事のことを「エサ」と言ったり、自分の体に傷がつくことを異常に嫌がるなど、どこかが変。
あるとき、指にバラのとげが刺さってしまったミノアは、医者を呼ぶ。
しかし、やってきた医者は、なぜか二足歩行をする牛だった!?
F先生の短編の中でも、特に有名な作品。
「生き物を食べる」ってことは、日常行っていることだが、デリケートな問題である。
何なら食べてもいい、何なら食べてはいけない。
誰にも明確な答えは出せないが、心情的に自分が食べたくないもの、人に食べられたくないものはある。
鯨を食べるなとか、犬を食べるなとか。しかし、それが正しいと言い切れるわけがない。
それなら、犬はだめで牛はいいのかという話になる。野菜だって、生きている。
つまり、人間皆、食べ物に関しては矛盾を抱えているわけである。
ラストシーンの主人公のように、結局そうして生きていくしかないのだ。
要は、その割り切れなさを自覚しろってことだろう。
とはいえ、会話の成り立つ相手を食べるのは、かなり抵抗があると思うが…。
それにしても終盤、ミノアが宴の場に運ばれていくシーンが素晴らしい。
コマの流れがまるで映画のようで、かっこいいのである。